2009/08/26

【Arabic】アラビア語とアイガー北壁 [2009年8月25日]


8/25日はテキストP96の演習問題[1]を行いました。このペースの遅さが自分でも信じられないのですが、私にとり

アラビア語を学ぶこと=アイガー北壁を登ること

なものですから一歩一歩時間が掛かります。
アイガー北壁は1800mの壁ですが、もし水平なら20,30分もあれば十分歩ける距離です。しかし、アイゼンピッケルで壁にビバークしながら2・3日かかり登れる人がまれにいるという垂直の壁です。利用しているアラビア語のテキストも250ページ程度のものなので読むだけ(日本語の場合)なら2,3日もかからないでしょう。しかし、演習問題をやりながらですと、週1回のペースでは数年かかりそうです。山岳ガイドは松尾先生ですが、このテキストが終われば、私にとってアイガー北壁を登頂したぐらいの喜びになるのかな、、。

今回9,10,11月分のガイド料を支払いましたので、また3ヶ月間の三点確保(読み、書き、文法、会話)が続きます。

ところで、ワイツマン研究所から面白いレポートが出ていました。

温暖化ガスが砂漠の緑化を促進(PDF)
(NEDOのサイトからPDFが無くなっています:2012.1.17)

このレポートには驚きました。
ちなみに、「ガイア仮説」で有名なジェームス・ラブロックさん海水の藻を利用することを提唱しています。

2006年7月に死海を訪れたときに、ベトウィンで砂漠専門のガイドに死海周辺の砂漠を案内してもらいましたが、

「死海周辺の砂漠には1,000種の花がサバイブしている」

とのことでした。
写真の左は道端に落ちていた枯れ木、写真右はしばらく水に浸したもの(ピンクの花)。

水があれば1,000種の花が咲く

のです。雨季に一瞬で花を咲かせ、子孫を増やす。荒涼とした砂漠の中で1,000種の花は水を待ち、静かに生きているんです(サバイブ)。
もし、死海周辺の砂漠一面に1,000種の花が咲いたら、、、感動でしょうね。
スイスのような観光地になるかも(^^)。

2009/08/24

【Fishing】タチウオ大漁とハラーさん


土曜日は東京の釣りの師匠の誘いもあり2度目のタチオウ釣りに挑戦しました。釣りは腕もありますが、天気とか波とか潮とか、その日の環境に影響され釣果が違ってきます。今回はワイフもタチウオの合わせのコツを掴んだのか8匹、合計で23匹と大漁です。夕食がタチウオのみでは寂しいので、帰りに佐島の魚屋さんにも立ち寄り、真鯛、キンメ鯛、活き蛸を買い込みました。自宅についてからが大変です。大量のタチウオのうち大きめのものを刺身に、ハラミとか卵は煮付けに、そしてから揚げと、残りは干物にしました。刺身は真鯛、キンメ、蛸を加え、キンメは煮付け、骨や頭でアラ汁と料理を終わったのが9:30。6:30にはじめましたから3時間の料理です。

(1)タチオウ刺身
(2)タチウオハラミの煮付け
(3)タチウオから揚げ
(4)タチウオの一夜干し
(5)真鯛の刺身
(6)キンメの刺身
(7)活蛸の刺身
(8)アラ汁

と合計8品、野菜を足すと10品。
翌日は「家庭で作るトルコ料理」を参考に2品料理。ひとつは残った刺身でスパイシーな魚のスープ(バルク・チョルバス)もう一品はスパイシーな鳥料理(チョプ・シシ)。2品ともいまひとつの味でした。

今週は料理三昧の休日でしたが、アイガー北壁をはじめて登頂したハラーさんが主人公の「セブン・イヤーズ・イン・チベット」もビデオ鑑賞しました。ハラーさんの人生はアイガー北壁がきっかけでヨーロッパからアジアにシフトしていきますが、ドイツに併合されたオーストリアと当時のチベット(ラサ)の状況は共通点もあり不思議な人生を送られた人です。まさか輪廻転生されたダライ・ラマ14世がハマーさんに映画館の建築をお願いしていたとは知りませんでした。そしてこの映画があり、いつでもDVDで観れることにハマーさんの役割というか、ミッションを感じてしまいます。
               

2009/08/20

【Walking/Trekking】加圧トレーニング継続中

今年の夏休みにアイガー北壁周辺のトレッキングの筋力作りのため、今年の2月から毎週1回ジムで加圧トレーニングを行っていました。無事スイスのトレッキングも終わりましたが、せっかくの習慣なのでアラビア語と同様に加圧トレーニングも継続することにしました。毎週たったの1回ですが、なかなかきつい。次のトレッキンギグは1年前に弟家族と約束した白山登山です。

毎週火曜日のアラビア語、毎週木曜日の加圧トレーニングは習慣化しましたが、それでも辞めると楽だろうな、と思うのはなぜなのでしょう。何事も目的や目標がないと継続させることは難しいものですね。

スロージョギングも晴れの日は基本的に毎朝行っていますが、多少の目標があった方がいいと思い「東京マラソン」の10キロコースをエントリーしました。抽選で選ばれれば2月に走る予定です。

また、八重洲ブックセンターで「家庭で作れるトルコ料理」という本を見つけました。著者の荻野恭子さんは六本木のアナトリアのシェフに弟子入りし、さらに現地でホームステイまでしてトルコ料理を学んだそうです。アラブ料理の本はなかなか見つかりませんが、現地で弟子入りしてアラブ料理を本格的に学んでみたいものですね。まずは週末にこの本を参考にして一品作ってみようと思っています。
       

2009/08/19

【Arabic】動詞の語根と電子辞書[2009年8月18日]

8/18日の実践アラビア語 教室はテキストP95の文法関係について、先週に引き続き解説をしてもらいました。

接続詞 لَكِبَّ :ラキンナ、しかし(But)の用法

ですが、やはり「接続詞の後の「節」の主語が目的格(ファトハ:a,an)になる」以外は何も意味はなくلَكِبَّ 以外の接続詞で同じように節の主語を目的格にするような接続詞があるとのこと。

その他は、語根からの言葉について学びました。
例えば、

نَجَرَ :(ナジャラ)削る

という語根から、

نَجـَّرٌ :(ナジャールン)大工

مِنْجَرٌ :(ミンジャルン)カンナ

نُجَارَةٌ :(ヌジャーラトゥン)カンナくず

という意味に派生して行きます。

語根と派生形」はアラビア語の基本で、アラビア語の辞書などを引くときは語根から引かなければなりません。一般的には「Arabic English Dictionary of Modern Written Arabic」を利用している人が多いようなので、今回はこの辞書でنَجَرَを引いてみましたが5分ぐらいかかりました。

アラブ人でも語根から辞書が引けない人がいて電子辞書を利用する人も多いそうなので、私は「Almawridの電子辞書」で済ますかも知れません。以前にイスラエルで仕事をしているとき(1992-2000年ごろ)にユダヤ人同士がヘブライ語で話していることが全然分からず、その会話が自分にとり良いことなのか、悪いことなのか疑心難儀になったことがありました。もしアラブで将来仕事をすることになった場合に同じことにならないように、少しでもアラビア語を理解したいということからの勉強なので、完璧にアラビア語を憶える必要はありません。
                   

2009/08/12

【Arabic】接続詞の用法[2009年8月11日]

今回の実践アラビア語講座はテキストP94の読みと訳ですが、今回で全部完了。文法で接続詞 لَكِبَّ について最後に触れましたが、他の接続詞でも規則や関連があると思うのでこれはもう少し教えてもらわないとまとめることができません。

接続詞 لَكِبَّ :ラキンナ、しかし(But)の用法

接続詞の後の「節」の主語が目的格(ファトハ:a,an)になることなど、接続詞関連について次回は8/18日は学ぶ予定です。
      

2009/08/05

【Walking/Trekking】ロンドン、ルツェルン、メンヒヒュッテ、アイガートレイル


マイルを貯めている航空会社がJALなので夏休みの目的地であるスイス(チューリッヒ)直行便がなく今回はロンドン経由となりました。他にもパリ、ミラノ、ローマ経由などもあるのですが、今働いている会社の上司もロンドンにいることですし、1度ロンドンに泊まってもいいかと、1日の滞在・観光をしました。窓からタワーブリッジが見えるホテルだったのでビックベンまで歩き、バーでフィッシュアンドチップスを食べ、翌日は大英博物館の観光です。ロンドンはあいにくの雨で、寒いロンドンの夏を経験することができました。イギリス人はスペインにたくさんの別荘を買いスペインが不動産バブルとなり、今回の世界金融危機大変な様子ですが、この夏の寒さから暖かいところで太陽にあたりたい気持ちも分からない訳ではありません。大英博物館のエジプトのミイラなど無料で展示物が見れますが、剥奪の歴史を感じます。また、直接的にイギリスの階級社会に悩ませれたことはありませんが、街の隅々に社会階級を感じます。ロンドンの雰囲気も分かり、今回の目的のスイスに移ります。


スイスはスイスパス(スイス人は購入できない)という日本の青春18切符のような鉄道パスがあります。特別な登山電車などは別にして大抵の電車でスイスパスが使え便利です。チューリッヒからピラトゥス山の麓のルツェルンまではこのスイスパスで電車移動です。ルツェルンはカペル橋が有名ですが、木造の古い橋にも関わらず、観光客はもちろん、通勤にも利用されているようです。ピラトゥス山にピラトゥス鉄道で登りましたが、残念ながらガスで真っ白。中央スイスからのアイガー、マッターフォルン、モンブランは眺めることはできませんでした。山の天気は変わりやすく翌日の移動の日のピラテゥス山は見事な晴れでしたが、次のインターラーケンに移動です。
インターラケン・オストの駅からヴェンゲンへ行き、そこからロープーウェイでメンリッヒェンへ。このメンリッヒェンからクライネ・シャイデックまでのトレッキングコースは1時間半程度ですが、アイガー北壁は真正面にあり最高の眺め(お勧め)でした。ユングフラウ鉄道の始発駅クライネ・シャイデック駅にはアイガー北壁を登る人のサポーターが泊まる山岳ホテルがあり、今回はこの宿(Bellevue Kleine Scheidegg)ひとつめの拠点にしました。クリント・イーストウッドの「アイガー・サンクション」という映画でもサポーターがこのホテルから望遠鏡で北壁を登るクリント・イーストウッドを見ているシーンがあります。クライネ・シャイデックは標高2000mぐらいで、アイガーはこの駅から2000mプラスし4000mの山です。アイガーは他の山と違い夏でも冬でも真っ黒な山です。垂直のため雪すら積もらず、氷が張り付いている北壁なのです。そこに一箇所「白い蜘蛛」(White Spider)氷が溜まった跡が「蜘蛛」のような場所が頂上付近にあります。そこは最難関と言われ、ここで遭難した登山家、渡部恒明さんと高田光政さんの実話が新田次郎の「アイガー北壁」という短編小説です。「白い蜘蛛」というテーマでアイガー北壁を最初に突破したオーストリアのハインリッヒ・ハラーが著者を出しています。第二次大戦中にインドで英国の捕虜からヒマラヤに逃げ、そこで出会ったダライラマ14世の幼少時代の交流は「セブン・イヤーズ・イン・チベット」という映画にもなりました。

クライネ・シャイデックで山の天気を見ながら3400mのユングフラウヨッホ駅まで電車で行き、メンヒヒュッテまで雪の上を歩きました。メンヒアイガーユングフラウと並ぶ4000m級の山で、その山小屋が3600mぐらいの地点にあります。ヨーロッパの登山は頂上に近い山小屋に一度宿泊し朝早く軽装で頂上を目指し、その日のうちに帰って来るというパターン(アルパインスタイル)多いために、頂上まで4・5時間の地点に拠点となる山小屋があります。メンヒヒュッテはメンヒに登る人たちの山小屋ですが、普通のサラリーマンと思われる人たちがどんどんメンヒヒュッテから頂上からロープを抱え軽装で下山してくる光景が不思議な感じがします。メンヒヒュッテではスープをいただきましたが、隣の人が食べていたパンかジャガイモ、トマトなどにチーズを乗せてオーブンで焼いてあり、オプションで目玉焼きの乗った料理(ゲーゼシュニッテ)がうまそうでした。メニューで確認すると3山にちなんで「アイガー」「メンヒ」「ユングフラウ」という名前でバリエーションがありました。ちなみにアイガー最初の山小屋のミッテルレギ小屋はアイガー東山麓を初登頂した槇有恒さんが寄付したお金(建築費の50%寄付)で建てられたそうです。その後、ミッテルレギ小屋は新しく建て直され、古い小屋はアイガーグレッチャー駅からのアイガー北壁の横にそのまま展示されていました。

次は槇有恒さん以来日本人に馴染みの深いグリンデルヴァルト駅にホテルを移ります。「女王陛下の007」の撮影でも有名になったシルトホルンにも行きましたが、なんと言っても今回はアイガー北壁の裾野をトレッキングする「アイガートレイル」がクライマックス。このコースは最近できたようですが、アイガー北壁のすぐ近くを歩くため、アイガー北壁を登頂している人まで見ることができます。西の3段目の小山の北壁に4名のロッククライマーがよじ登る姿が点のように見えましたが、叫び声とともに上2名、下2名のパーティーで下2名のうちひとつの点が縦から横になりました。あまりに小さな点ですから何があったかは分かりませんが、事故があったのだと思います。その後4人の点は見えなくなり、3時間のアイガートレイルを終わる頃にヘリコプターが西の頂上を含み3段目の小山の壁付近から救出しているような雰囲気。2回黒い点をヘリが運んでいました、、。詳しくは分かりませんが、近くで見るととても人間が登れる壁ではありません。ところが1969年に6名の日本人(加藤滝男、今井通子、加藤保男、根岸知、天野博文、久保進、原勇)がアイガー北壁を最短垂直コースで突破。本当にすごいことですね。アイガートレイルを行い、真近に北壁を見たものしてとても考えることができませんが、日本人ならではのチームワークの成せる技でしょうか。

アイガートレイルは「アルピグレン駅」で終わりですが、アイガー北壁を目指すクライマーの出発駅はここからが多いようです。アルピグレン駅には有名なケーゼシュニッテのお店(Berghaus Alpiglen)があり、アイガートレイルを思い出しながら、眼下のクリンデルワルドを眺めいただいたのですが、チーズたっぷりでおいしかったです。ラクレットチーズとかエメンタールチーズとかグリュエールチーズをうまく混ぜるのでしょうね。

今回の旅でグリンデルヴァルトと日本人登山家は古くからつながりがあり日本人観光客が多くいるということが分かりましたが、さすがに団体旅行なのでトレッキングを行っている最中に日本人に会うことは少ないです。

そしてもうひとつ学んだことがあります。
アルプスでは30年前にクマが絶滅(スイスで最後に確認されたのは1904年という説もある)にしました。アインシュタイン特殊相対性理論の論文を執筆したスイスの首都ベルンクマ公園にしかいません。第二次世界大戦前にベルン州を中心にクマ肉で作るハンバーガー「ベアバーガー」が普及。その後にチェーン展開されスイス全土に拡大。スイス中でクマが乱獲されたそうです。ベルン州の州旗がクマですから相当数のクマが殺されたと思います。おかげでトレッキング中にクマに遭遇ということもないのですが、、。スイスでは両生類の80%が絶滅危惧種(レッドリスト)とか。酪農優先でカエルなども川には住めなくなるのでしょうね。グリュイエールチーズは標高2000m以上の高地の草を食べた牛のミルクからでしか作らないので、森林限界を超えた山々にも牛はいますから、川の水はきれいではありません。東ヨーロッパからクマやオオカミが西ヨーロッパに浸透しているようですが、観光立国スイスにクマが戻ることはなさそうです。
「システム」としては「知床のシステム」の方が上なのでしょうが、自然と経済との共生システムの難しさを感じますね。

グリンデルヴァルトのホテルのTVで偶然「クマバーガー」の歴史を紹介する番組から得た情報ですが、現地に行くといろいろなことが勉強になります。
休暇なのですが、次の仕事に役に立ちそうな情報でした。

最後にアイガー北壁のマッシュルーム(西側の稜線)と呼ばれる岩からBASE Jumpを行った映像で「1800mの垂直の壁」の雰囲気をどうぞ。

※写真はClickで拡大、大英博物館のラムセスⅡ世像、ルツェルンの部屋の窓からのピラトゥス山、池に写る逆さアイガー北壁